ゲーム産業における人材育成の課題と展望
細井浩一

ゲーム産業の本質的な特性
 昨年12月、京都の立命館大学においてゲームデザインの国際シンポジウム(DIEC2005)を開催した。ゲストの1人、アタリ社創業者のノラン・ブッシュネル氏は、「ゲーム産業の父」と称されて幾多の伝説をもつゲーム界の巨人であるが、今も精力的にゲームビジネスにチャレンジする現役のゲームクリエイターであった。デジタルゲームは、世界的に見てもまだ非常に若い産業の1つなのである。

DIEC2005で講演するノラン・ブッシュネル氏

 そして、デジタルゲームは、映像コンテンツと呼ばれる分野の中でも、表現技術の高度化、メディアの多様性、市場のグローバル化など、デジタルコンテンツとしての現代的特性をすべて兼ね備えた総合性の高い創作物である。したがって、ゲームは、デジタル技術やメディアの進化にともなって非常に速いスピードで変化せざるを得ないコンテンツであり、実際の制作現場は技術的にも経営管理的にも高度に分業化された先端産業のそれに近い。なかでも優良とされるデジタルゲームは、高度なデジタル映像とインタラクティブ技術、そしてシナリオやデザインにおける蓄積されたノウハウとアート性を高い次元で総合したソフトウェアとして創作される。このようなソフトウェアを継続して生み出していくことは至難の業であり、資金調達やマーケティングも含めて、製造業やサービス業とはまったく異なったレベルと内容のマネジメント能力が必要とされる。ゲーム産業で活躍する人材育成が本質的に難しい理由は、まさにそこにある。


人材育成をめぐる2つの課題
 日本のゲーム産業の黎明期から現在まで、質の高い専門的な人材の供給には専門学校が大きな役割を果たしてきたが、最近は大学においてもゲーム関連の教育課程が増加の傾向にある。しかし、我が国には韓国のようにゲーム専門課程を持つ高校はなく、ゲーム分野に進みたいと考えている若者はかなり漠然とした職業イメージしか持ちえない。その結果、進路として選択した大学や専門学校でのゲーム系専門教育(プログラミング、グラフィックなど)が必ずしも学生の適性と資質にマッチしていなかったり、継続的に技能がアップデートされていないケースがある。これは、他の産業分野と同じく社内外において独特の閉鎖性をもつ労働市場の問題とあいまって、クリエイターや技術者の需給アンバランスを生じさせる原因ともなる。
 このような専門人材の適性に応じた育成、継続的な学習、技能向上等については、教育機関側に柔軟でアップデートされた育成プログラムが求められるところであるが、あわせてゲーム産業側にも、産学連携やインターンシップ、現役開発者、技術者の交流の場づくりなどを通じて、必要な次世代クリエイター像を広く発信していく努力が必要であろう。現状を考えると大変困難なことのように思われるが、クリエイター養成に関わる課題は、韓国のゲーム産業開発院(KGDI)を中心とした強力な政府主導モデルや、アメリカのように強固な産学連携とオープンな人材流動化をベースとした民間主導モデルが参考になり、それぞれの一長一短を慎重に選り分けながら日本なりのモデルを模索しうる課題であるとも言える。
 それに対して、より複雑で道筋の見えにくい人材育成上の課題は、マネジメントを含むプロデュース能力の養成であろう。ゲーム制作が高度化し、インターネットや携帯電話のような新しいメディアの動向を踏まえた上で、開発資金の回収やグローバルなコンテンツ展開をリードしていくには、ゲームに関わる市場や技術の動向とメディアの特性に精通しつつ、継続的に高い次元でゲームコンテンツとしての成功要因を総合する能力を持ったプロデューサーやマネジャーが不可欠である。結果として、日本のゲーム産業が高い質を維持しているのはそのようなプロデュース能力の蓄積によるのであるが、教育機関側はもちろん産業側もそのような能力の継承や養成システムについては経験的、結果論的な視点しか持ち得ていないという意見が多い。


教育研究機関の役割と展望
 このような人材育成に関する課題は、政府のコンテンツ政策によるバックアップも重要であるが、本質的には教育と産業の連携によって解決されなければならない。その意味では、最近数多く新設された大学のゲーム関連学部やコースは、新しい人材育成のチャネルを拡大させることに寄与するかどうかを問われる立場にある。さらには、「日本シミュレーション&ゲーミング学会」や「ゲーム学会」、今年設立された「日本デジタルゲーム学会」などのゲーム関連学会についても、この分野に蓄積されてきた多様な暗黙知をいろいろな角度から研究する知的ネットワークを形成し、また諸外国の市場や技術の動向を知るための窓口になることによって、有効な問題解決の「場」として機能するかどうか試されていくことになるであろう。
 立命館大学においても、来年4月に映画やゲームを含めた映像コンテンツを総合的に学ぶ「映像学部」の開設を予定している。その特徴は、後発の利点を生かして、人材育成の新しい課題であるプロデューサー能力の育成に焦点をあわせた教育プログラムを構想すること、すなわち、従来まで別々の教育機関において独立して行われてきたアート(制作)、テクノロジー(技術)、ビジネス(経営)の教育分野を相補的・相乗的に融合させ、映像コンテンツに関する企画から流通までの総合的な知識と実践を学ぶことによって、素養としてのプロデュース能力やそのマインドの育成を試みる点にある。当然ではあるが、大学という閉鎖的な壁に閉じこもらず、他の教育研究機関や学会、企業、行政、地域との産学公連携の取り組みや長期間のインターンシップを充実させ、オープンな環境において各自の適性と素養を見極めたキャリアデザインに取り組むことができる学生をじっくりと育てていきたいと考えている。


立命館大学映像学部の教育コンセプト