経済分析第100号
貿易連関モデルの統計的推定に関する諸問題(注)
(はじめに)
貿易連関モデルの最も重要な役割は、世界経済モデルに含まれる各国・各地域の間の商品貿易の流れを、世界全体の輸出の総計が名目・実質いずれの面でも世界全体の輸入の総計に等しくなるという意味で整合的に決定することにある。それにより、われわれは各国・各地域の名目・実質の輸出入額ならびに輸出入価格の変化を通した経済活動の国際的連関を明らかにすることができる。このような貿易連関モデルについては既に多くの文献で整合性を確保するための方法が提案されている。
天野・栗原・Samuelson(1980)は、いくつかの代替的な貿易連関モデルを比較検討し、Hickman-Lau(1973)とSamuelson-Kurihara(1980)の提案する貿易連関モデルが比較的高いパフォーマンスを示すことを明らかにした。
Hickman-Lau による貿易連関モデルは、ある国の輸入市場における各国からの輸入品が不完全代替財であるとともに輸入国における輸入品相互間の代替の弾力性が一定であるとの仮定のもとに費用極小化行動により導かれた輸入需要関数からなる。一方、Samuelson-Kurihara による貿易連関モデルは、各国の実質輸出関数を推定し、ここで求められた実質輸出の世界総計と、実質輸入の世界総計が等しくなるように各国実質輸出額の調整を行った上で、二国間貿易フローをRAS法により求める方式である。
貿易連関モデルは、多国間の貿易の流れを整合的に決定するためのものであるが、それを観測されたデータから推定する場合にはいくつかの統計的な問題の生ずることが豊田・新居・大谷(1983)により指摘されている。その一つは、貿易連関モデルの各方程式間の攪乱項の相関に関する仮定である。現行の貿易連関モデルの推定に際しては攪乱項が互いに無相関であるとの仮定が用いられている。しかしながら、Filatov(1982)の研究によれば、事後予測の結果得られる各方程式の残差は互いに強い相関のあることが知られている。したがって撹乱項が互いに無相関であるとの仮定に基づいて推定された現行のモデルは1)、効率性という推定方法を評価するための尺度からすれば問題がある。さらに重要な問題点は攪乱項の分散の大きさに関する仮定である。一般に貿易連関モデルに含まれる各方程式の攪乱項の分散は同一ではない。現行の貿易連関モデルの推定において用いられる仮定は、攪乱項の分散の大きさが被説明変数の標本期間における最初の時点の大きさに比例するというものである。しかしながらこの仮定の根拠は明らかでない。推定に際して攪乱項の分散の大きさに関する仮定が誤っている場合には、その推定量は不偏推定量であるが効率性の観点からすれば問題のあることが知られている。
最後に指摘する必要のある統計上の問題点は、いわゆる連立方程式モデルにおける同時性のバイアスについてのものである。貿易連関モデルの各方程式は輸出量あるいは輸入量を被説明変数とし、相対価格と所得要因を説明変数とする方程式であるが、各方程式の攪乱項がその方程式に含まれる説明変数と独立であると仮定することには問題がある。少なくても、世界経済モデルのように同時性の高いモデルを推定する際には無視することのできない問題となる。このような同時性の生ずるモデルにおいては、一般に不偏推定量は存在せず、さらに最小二乗法や一般化最小二乗法では説明変数と攪乱項間の共分散が極限においてもゼロにならないことから一致推定量ですらないことが知られている。
本論文の目的は、Hickman-Lau接近法とSamueloson-Kurihara 接近法の貿易連関モデルをとり上げ、上述した貿易連関モデルの推定の際に生ずるいくつかの統計的問題を考慮して再推定を行い、推定量相互の差異を明らかにすることである。
このために本分析においては、単純最小二乗法、三段階最小二乗法の特殊型であるSUR法および完全情報操作変数法の三推定法によりSamuelson-Kurihara 接近法およびHickman-Lau接近法により定式化された貿易連関モデルを再推定し、推定法相互の予測パフォーマンスを比較する。ただし、ここでとりあげた両接近法に対して、比較は先決変数の完全な情報とモデルの構造が正しく設定されているという仮定のもとで係数の推定に使われた期間内と期間外の両期間のケースについて行う。なお、両接近法間の予測パフォーマンスの比較については、天野・栗原・Samuelson(1980)を参照されたい。
2章においては本論文で使われている貿易連関モデルおよび推定法について述べる。3章では、Samuelson-Kurihara 接近法およびHickman-Lau 接近法による貿易連関モデルを推定し、内挿期間と外挿期間によりテストするとともに推定法間の相対的予測パフォーマンスを比較評価する。ただし、Hickman-Lau 接近法による貿易連関モデルについては現行の世界経済モデルでは採用されていない関係上詳細な分析には立ち入らず結果を示すにとどめる。最後の4章ではSamuelson-Kurihara 接近法およびHickman-Lau 接近法の問題点も含め、予測精度の改善という観点から三推定法の比較結果について結論を与える。
(注) 本稿の作成において、広瀬哲樹氏から有益なコメントをいただいた。記して謝意を申し上げる。
1) 現行貿易連関モデルの体系については、Economic Research Institute (1984), "EPA World Economic Model." Vol. II EPA World Econometric Model Discussion Paper No. 16, World Economic Model Group eds., pp. 345-366. を参照されたい。
全文の構成
-
要旨
(PDF形式 479 KB) -
1ページ第1章 はじめに
-
2ページ第2章 貿易連関モデルおよび推定法
-
2ページ2.1 貿易連関モデル
-
4ページ2.2 Seemingly Unrelated Method
-
7ページ2.3 完全情報操作変数法
-
8ページ2.4 線形制約付推定法
-
-
9ページ第3章 Samuelson-Kurihara接近法およびHickman-Lau接近法による貿易連関モデルの推定
-
9ページ3.1 Samuelson-Kuriharaモデル
-
12ページ3.1.1 推定結果の比較
-
16ページ3.1.2 シミュレーション結果とパフォーマンスの比較
-
-
21ページ3.2 Hickman-Lauモデル
-
31ページ3.2節への付表 標本相関係数行列と推定結果
-
-
-
34ページ第4章 結論
-
36ページ付録1 参考文献
-
37ページ付録2 基礎資料
(PDF形式 300 KB)
-















内閣府