経済分析第186号
経済分析186号 (ジャーナル版)
経済社会総合研究所の概要と実績
(要旨)
(論文)
外資系企業の参入と国内企業の生産性成長:『企業活動基本調査』個票データを利用した実証分析
本稿では、国内企業の生産性が同一産業における外資系企業のプレゼンスと相関があるのかどうか、つまり、同一産業の外資系企業からのスピルオーバー効果を、非製造業企業も含む大規模な企業レベルデータを用いて実証分析した。分析の結果、製造業・非製造業ともに、国内企業の生産性に対する外資系企業の正のスピルオーバー効果は認められなかった。むしろ、製造業、非製造業ともに、外資系企業のプレゼンスは、国内企業の生産性成長と負の相関がみられた。その負の効果は製造業よりも非製造業で大きく、製造業と非製造業との間に、スピルオーバー効果に関して何らかの構造的な差異があることが示唆された。ただし、何らかの企業個別の要因によって生産性成長率が高い企業(キャッチアップ企業)は、負のスピルオーバー効果が小さく、長期的には、生産性成長と外資系企業のプレゼンスとの間に正の相関がみられた。しかし、外資系企業のスピルオーバー効果は平均的には負であり、平均的にも正のスピルオーバー効果を実現するにはどのような要因が重要であるのか、さらなる分析・研究が必要である。
技術フロンティアからの距離によって外資系企業から受けるスピルオーバー効果が異なるかどうかについては、十分に頑健な結果は得られなかった。ただし、いくつかの結果からは、フロンティアに近い企業の方が正のスピルオーバーを受ける可能性が高いことが示された。
これらの結果は、外資参入が、成長性の高い企業やフロンティアに近い企業とその他の企業との生産性格差を拡大させると解釈できるかもしれない。この解釈を採用すれば、産業全体の生産性向上のためには、対内直接投資の推進と同時に、低生産性企業の底上げを図る政策、または低生産性企業の退出を促すような政策も考慮する必要がある。
JEL Classification Number: F21, L1, L23
Key Words:対内直接投資、外資系企業、非製造業、生産性、スピルオーバー
学級規模が学力と学習参加に与える影響
学級規模縮小の流れがここ十数年の間に加速している。しかし、その費用対効果が経済学的に十分に明らかにされているとは言えない。本稿は、学級規模縮小の効果を教育の生産関数を用いて定量的に捉えることを目的とする。分析においては、学級規模が生徒の学力(認知能力)に及ぼす影響に加えて、学習参加を促す非認知能力に対する効果にも焦点を当て、推計を行った。データは、TIMSS2003の数学・理科の個票データを使用し、分析対象は、日本国内の公立中学2年生生徒である。被説明変数として推計に使用した4種類の非認知能力変数(「高意欲」、「自信」、「有用性」、「帰属性」)は、生徒質問紙のアンケート項目から因子分析によって作成した。併せて、教師質問紙から作成した「興味」、「意欲」、「混乱」の変数も、教員から見た生徒の学習参加状況として推計に加えている。分析手法は、学級編成時に生じる内生性によるバイアスを取り除き、純粋な学級規模の効果を取り出すために、回帰不連続デザイン(Regression-Discontinuity-Design)を採用している。そして、法律に基づいて決定される推定学級規模を、実際の学級規模の操作変数として、2段階最小二乗法により推計を行った。
分析の結果、明らかになったのは次の2点である。第一に、学力(認知能力)に対する学級規模縮小の効果は、数学・理科ともに示されなかった。第二に、非認知能力に対しては、学級規模の縮小により数学の「自信」が高まるという結果を得た。
JEL Classification Number: I21, I28
Key Words: 学級規模、非認知能力、回帰不連続デザイン
首都直下地震における地方財政への影響:年次別都県別の推計
2011年3月11日、東日本を中心にM9.0という未曾有の巨大地震が発生した。東北沿岸地域における津波被害が大きく、政府は今後5年間で19兆円、10年間で総額23兆円の復興費用を支出することを決めている。
一方、中央防災会議による首都直下地震(東京湾北部地震)の被害想定では、最悪の場合、死者数約11,000人、建物全壊棟数・火災焼失棟数約85万棟の被害規模が予測されている。このような未曾有の大災害に対して、国や自治体、研究者は震災の復興費用や事業の国費と地方負担額等を推計しているが、団体別、震災後の経過年別に地方負担額や一般財源負担額、さらに普通交付税増減額を推計した研究はほとんどない。そこで、本稿では、阪神・淡路大震災の直接被害額と震災財政の関係を元にして、首都直下地震が地方財政に及ぼす影響を推計した。
推計の結果、次のことが明らかになった。第1に、首都直下地震における震災関連事業の地方負担額は5年間で24.3-30.4兆円で、震災3年目には一般財源に対する負担率は33.6-42.1%、交付税総額に対する割合は32.5-39.8%となり、国と地方の財政への負担が大きくなる。第2に、復旧事業費における地方負担の上昇は地方財政にほとんど影響しないが、復興事業費の負担増は地方財政への影響が大きい。第3に、首都直下地震における地方負担は東京都が一番大きく、千葉県と神奈川県はほぼ同程度で、埼玉県が最も小さい。
また、本稿の研究では次の政策インプリケーションが得られた。第1に、首都直下地震における国と地方の財政負担は非常に大きく、将来的な財政負担を考慮した震災対策が必要である。第2に、復興費用の増加は地方財政に大きな影響を及ぼすため、地方財政負担の点からは、やみくもに復興事業を拡大せず、真に必要な事業を効率的に実施することが必要であろう。
JEL Classification Number: H72, H74, Z0
Key Words: 首都直下地震、復興財政、地方財政
維持年金平準化と特許のオプション価値
本稿の目的は,1998年に実施された維持年金の大幅改訂がどのような経済効果をもたらしたのかを実証的に明らかにすることにある.日本では,登録更新の際に特許権者に課される維持年金が頻繁に改訂されている.なかでも,1998年の料金改定では,登録期間が10~12年目以降の特許に適用される維持年金が平準化され,大幅な料金引下げが実施された.こうした改訂は,過去の日本や他の主要国の維持年金の構造と比較してかなり大胆な改訂であった.維持年金平準化は,特許権者の年金負担を軽減して研究開発のインセンティブを刺激する目的や,改正当時に増大の一途をたどっていた特許特別会計の黒字を抑制する目的を持っていた.特許権者に維持年金を課す制度は,経済厚生に大きく影響すると考えられているにも関わらず,日本ではこうした料金政策がどのような経済効果をもたらしたのかを実証的に検討した研究はほとんど行われていない.
一方,特許の登録更新を「コール・オプション」として捉え,確率的に変動する特許価値に対し,特許権者は将来の特許価値に関する予想を形成しながら登録更新を計画するという仮定に基づいた「特許オプションモデル」は,現実に観察される特許権の不規則な消滅率をよく再現することが知られている.そこで本稿では,日本の特許制度の特徴を考慮して構築した特許オプションモデルを「数値シミュレーションによる最尤法(simulated maximum likelihood method)」を用いて推計し,維持年金平準化の経済効果を検出した.その結果,維持年期平準化は,権利期間をある程度長期化させるが,特許のオプション価値にはほとんど影響しないことが明らかとなった.ただし,特許料収入に対しては相対的に大きな減少効果が認められた.
JEL Classification Number: O31, O32, O34
Key Words: 特許のオプション価値、維持年金、最適停止問題
教養娯楽価格が出産に与える影響
本稿は、出産に影響を与える要因として、趣味娯楽を享受するための費用である教養娯楽価格に新たに注目した。教養娯楽価格が、出産・育児に対する相対価格を通じて出産にどのような影響を与えるかについて、(公)家計経済研究所が実施している「消費生活に関するパネル調査」の個票データと総務省統計局が発行する「消費者物価指数年報」、「全国物価統計調査報告」を用いて分析を行った。具体的には、総務省統計局が発行する「消費者物価指数年報」の消費者物価指数と「全国物価統計調査報告」の全国物価地域差指数を用いて教養娯楽相対価格指数を測定し、その変化が出産に与える影響を出産と就業が相互に影響することを考慮した二変量プロビットモデルと個人固有の要因を考慮した変量効果プロビットモデルを用いて分析を行った。分析の結果、両方の分析ともに教養娯楽相対価格指数の低下は出産を抑制させることが示された。つまり、教養娯楽相対価格が低下すると、子どもを産むことではなく趣味娯楽を選択する。教養娯楽価格が低下することで、それに対する子どもを育てるための相対価格が上昇し、出産を抑制したと考えられる。本稿の結果から、教養娯楽価格の低下による出産の抑制を回避するためには、子育てにかかる財の価格を低下させ、相対価格を変化させないような政策が重要であることが示唆される。
JEL Classification Number: J13, J16, J22
Key Words: 教養娯楽相対価格、出産、余暇の需要
夫の失業前後の妻の就業行動の変化について
本稿は慶應義塾家計パネル調査(KHPS)の就業履歴情報を用いた回顧パネルデータを使用し、夫の失業時点のみならず、その前後においても妻の付加的労働者効果が存在するのかを検証した。分析の結果、次の3点が明らかになった。1点目は、回顧パネルデータを用いた分析の結果、夫の失業から6年以内において妻の付加的労働者効果が確認され、その大きさは徐々に小さくなることがわかった。2点目は、回顧パネルデータを用いた妻の新規就業形態選択に関する分析の結果、いずれの就業形態においても夫の失業による妻の付加的労働者効果が確認された。特に妻の非正規雇用就業や求職行動は、夫の失業に対して敏感に反応しており、夫の失業後1-6年以内においてその選択確率の上昇が確認された。夫が失業した既婚女性は、求職活動を始めたり、比較的就職しやすい非正規雇用を通して労働市場へ参入する傾向にあると考えられる。3点目は、回顧パネルデータ及び通常の2004年から2011年までのパネルデータを用いて夫の失業前後の就業状態の変化や勤労収入、預貯金額の変化を分析した結果、一旦失業を経験すると、以前よりも就業率が落ちるだけでなく、仮にその後再就職できても勤労収入の水準は以前よりも低くなる傾向にあることがわかった。これは夫の恒常所得が失業直後だけでなく、その後数年にわたって低い状態にあることを意味している。このため、分析結果が示すように夫の失業後でも妻の付加的労働者効果が観察されるのではないかと考えられる。また、夫の失業後、預貯金額が減少する傾向が見られるため、所得低下に対して預貯金を取り崩すことでも対処していると考えられる。
JEL Classification Number: J21, J64, J16
Key Words: 付加的労働者効果、夫の失業、パネルデータ
同族企業における人事・労務管理制度の形成と離職率への影響
―中小企業に注目して―
本稿では、第1に同族企業では人事・労務管理制度が制度として存在しない傾向にあり、第2に同族企業と非同族企業では人事・労務管理制度が離職率を下げる効果に違いがあるという仮説を検証する。
その結果、以下のことが示された。第1に、同族企業の方では離職率が高いことがわかる。しかしながら、平均勤続年数は有意な差はないものの同族企業の方が長い。第2に、企業規模や存続年数といった変数でコントロールすると、同族企業と非同族企業では賞与制度と勤務延長・再雇用制度は同族企業と非同族企業では有意な差が存在しないが、それ以外の人事・労務管理制度は非同族企業の方が存在する傾向が観察される。第3に、中小企業のなかでも売上高10億円以上、または従業員数100人以上の非同族企業においては、離職率を下げる人事・労務管理制度は定期昇給制度と評価者訓練であるが、同族企業ではこれらの制度が離職率を下げる効果を持たない。第4に、売上高10億円以上、または従業員数100人以上の非同族企業では労働組合や従業員組織が存在すると離職率を下げるが、同族企業ではこのような効果は観察されない。第5に、売上高が10億円未満、または従業員数100人未満の同族企業では賞与制度や勤務延長・再雇用制度が存在すると離職率を低下させる。第6に、従業員数と離職率の負の関係については、人事・労務管理制度などでコントロールするとこの効果は消える。
これらの結果から、同じ中小企業であっても、同族企業と非同族企業では人事・労務管理制度の整備やこれらの制度がもたらす機能が異なる可能性を示唆する。
JEL Classification Number: J53, J63, L20
Key Words: 同族企業、人事・労務管理制度、離職率
(資 料)
温暖化対策における国境調整措置の動学的応用一般均衡分析
本稿は、多地域・多部門の動学的応用一般均衡モデル(CGEモデル)を用いて、先進国(Annex B国)において排出規制とともに国境調整措置が導入されたときの経済的影響を定量的に分析している。モデルには12地域、22部門、2004年から2020年までの逐次動学モデルを、データにはGTAP7.1データを利用している。2020年までに、先進各国が削減をおこなう状況を想定した上で、国境調整措置の導入が、炭素リーケージ、エネルギー集約貿易部門(EITE部門)、GDP、厚生等にどのような効果をもたらすかを分析している。
主な結論は以下の通りである。まず、国境調整措置は炭素リーケージを抑制する効果を確かに持つが、その効果はあまり大きいとは言えない。第二に、国境調整措置によりEITE部門へのマイナス効果を抑制できる(国際競争力を回復できる)ことがわかった。ただし、この効果は国や部門によってかなりの差がある。また、特に日本の鉄鋼部門が国境調整措置から大きな恩恵を受けるということもわかった。第三に、厚生、GDPへの効果は総じて小さく、国境調整措置の導入は、厚生、GDPという側面にはほとんど影響をもたらさないという結果となった。
JEL Classification Number: Q54, C68, F18
Key Words: 温暖化対策、国境調整措置、排出権取引、応用一般均衡分析(CGE分析)
本号は、政府刊行物センター、官報販売所等
にて刊行しております。
全文の構成
(論文)
外資系企業の参入と国内企業の生産性成長:『企業活動基本調査』個票データを利用した実証分析
(PDF形式 1.0 MB)
-
3ページ1. はじめに
-
5ページ2. 日本における外資系企業の特徴
-
9ページ3. 対内FDIのスピルオーバー効果を検証するモデル
-
11ページ4. 実証分析の結果
-
20ページ5. 結論と今後の課題
-
22ページ補論:TFPの測定について
-
27ページ参考文献
学級規模が学力と学習参加に与える影響
(PDF形式 1.6 MB)
-
32ページ1. はじめに
-
34ページ2. 先行研究
-
37ページ3. 分析の枠組み
-
39ページ4. データについて
-
44ページ5. 分析結果
-
47ページ6. 結び
-
47ページ参考文献
首都直下地震における地方財政への影響:年次別都県別の推計
(PDF形式 817 KB)
-
52ページ1. はじめに
-
53ページ2. 推計方法
-
59ページ3. 分析結果
-
65ページ4. 結論
-
66ページ付録
-
67ページ参考文献
-
68ページ参考資料
維持年金平準化と特許のオプション価値
(PDF形式 956 KB)
-
71ページ1. はじめに
-
72ページ2. 維持年金平準化の目的
-
75ページ3. 特許オプションモデル
-
78ページ4. 推計モデル
-
82ページ5. データ
-
84ページ6. 推計結果とシミュレーションの結果
-
89ページ7. おわりに
-
91ページ補論:最適停止問題(optimal stopping problem)としての特許オプションモデル
-
92ページ参考文献
教養娯楽価格が出産に与える影響
(PDF形式 927 KB)
-
96ページ1. はじめに
-
99ページ2. 先行研究と教養娯楽価格が出産に影響を与えるメカニズム
-
101ページ3. データと推定方法
-
106ページ4. 推定結果
-
112ページ5. 結論と今後の課題
-
114ページ参考文献
夫の失業前後の妻の就業行動の変化について
(PDF形式 910 KB)
-
118ページ1. 問題意識
-
119ページ2. 先行研究
-
122ページ3. データ及び各就業状態の定義
-
124ページ4. 推計手法
-
126ページ5. 推計結果
-
133ページ6. 結論
-
134ページ参考文献
同族企業における人事・労務管理制度の形成と離職率への影響―中小企業に注目して―
(PDF形式 960 KB)
-
139ページ1. はじめに
-
141ページ2. 先行研究
-
144ページ3. 作業仮説と使用するデータ
-
150ページ4. 同族企業が人事・労務管理制度の形成に与える効果
-
153ページ5. 人事・労務管理制度と離職率
-
159ページ6. 結論と今後の課題
-
160ページ参考文献
(資料)
温暖化対策における国境調整措置の動学的応用一般均衡分析
(PDF形式 1.2 MB)
-
165ページ1. はじめに
-
166ページ2. ベンチマーク・データ
-
168ページ3. モデル
-
178ページ4. 排出規制と国境調整措置
-
180ページ5. 分析結果
-
189ページ6. 感応度分析
-
195ページ7. 終わりに
-
196ページ補論:モデルの説明
-
208ページ参考文献
-
211ページ経済社会総合研究所の概要と実績
(PDF形式 477 KB)















内閣府